カチャッ
「ただいま・・・」
「おかえり、伸兄!!今、ご飯出来たところねん」
ニコニコと微笑みながら、睦月が玄関に現れた
得意げなその顔を見て、伸吾は思わず自分の口端も上げてしまう
駐車場から自分の部屋に明かりが着いている事が
『おかえり』と言ってもらえる事が
こんなにも幸せな事だとは、睦月と一緒に暮らすまでは分からなかった
「ただいま、睦月」
結婚しなくても、俺はこの温もりや笑顔があれば十分だ
「へ?!ちょ、どうしたん、伸兄」
コートを脱ぐのも忘れて抱きついてきた伸吾に、睦月は慌てて相手の顔を覗き込むが
その腕はしっかりと腰に回っている
「んー。やっぱりお前の事好きだな、と思っただけ」
「・・・っ」
胸に埋めていた顔を上げ、困惑する目を見つめながらながらそういうと、
睦月は一瞬にして耳まで真っ赤になった
その様子があまりに可愛くて、伸吾は思わず睦月の頭を撫でてて『いいこ、いいこ』してしまった
「・・・伸兄、俺の事からかったやろ・・・」
「本当の事、言ったまでだよ」
「嘘や・・・伸兄が俺にこうするのって、からかっとる時やもん」
伸吾は口を膨らませて拗ねる睦月に目を細めつつ、お互いの体を離すと
良い匂いのするリビングへと足を進めた
「ところで、何を作ってくれ・・・っ!!」
リビングに繋がる扉を開けると
見慣れた机には、伸吾の大好物である色とりどりの天ぷらが美味しそうに盛り付けられていた
天ぷらが好き、などと睦月に話した事もなければ、一緒に食べた事もない
しかしお皿には、伸吾が大好きな海老やさつま芋の天ぷらやソラマメの掻き揚げの姿があった
・・・まさか
「睦・・・」
「とりあえず、伸兄は着替えて。今、年越しそば用意するし」
得意げに台所へと消える睦月の背中を見つめながら、
伸吾は必死に自分の好きなものを頼や兄に聞く姿を想像し、口元を緩める
俺が天ぷら好きだなんて、それ位の人間しか知らないはずだ
あいつ、滅多に料理なんてしないのに・・・
「伸兄、準備できたよー」
コートを脱ぎ、いつもの部屋着に着替えたところで、タイミング良く睦月が部屋を覗き込んできた
「お、おう。今行く」
その呼び声がなんだかくすぐったくて、自然と口調がぶっきらぼうになる
「・・・伸吾」
「??どうした、睦」
突然、名前で呼ばれた事を疑問に思い、ふと顔を上げると
目の前には幸せそうに笑う睦月の姿
「なんか、良いなって思って。俺等、新婚さんみたいや」
「なっ・・・!!」
そう言って睦月は力強く伸吾を抱きしめた
「離せってっ。バカな事言ってないで、早く飯」
「ちぇっ」
睦月が自分と同じ事を考えていたと知り、伸吾の顔の熱が一気に上がる
それを隠すために、必死に体を剥がし、良い匂いのするリビングへと戻った
「おおー、旨そうじゃん」
「やろーやろー。めっちゃ頑張ってん、俺」
先程の天ぷらの横に並べられていたのは、蒲鉾や三つ葉が綺麗に飾られた蕎麦
湯気からつゆの良い香りが空腹のおなかを刺激する
「年越しそば、か・・・」
「俺の実家、年末はいつもこれねん」
「兄貴、蕎麦好きだからなぁ」
向かい側に座りながら、俺の反応を伺う睦月の視線を感じながら、伸吾は遠い実家を思い出した
年越しそばなんて、何年振りだろう
実家にいた時は蕎麦好きな兄貴と両親のせいで
毎年食べさせられていたっけ
こうやって、大切な誰かと年越しを向かえるのも久々だし
本当に・・・
「・・・なぁ、睦月」
「何?」
伸吾はある決意を決めて、伸吾は箸を持って待機していた睦月を見つめた
「お前がこっちに本格的に帰ってき・・・お前、その指どうしたんだ?」
「え?・・・あ・・・これは、ちょっと・・・」
箸を持つ手に、2、3日前にはなかった包帯に気付き、伸吾の眉が不思議そうに寄せられる
その表情に慌てたように、睦月は右手を隠した
「・・・ちょっと見せてみろ」
睦月の行動を怪しく思った伸吾は、一旦自分の箸を置き反対側の机に詰め寄った
「何もないよっ!!大丈夫やって」
「じゃあなんで隠すんだっ!!」
必死に隠す姿に、伸吾もついムキになる
指はバスケ選手にとって重要なものだ
特に聞き手の指はボールのコントロール力に大きく作用する
それを良く分かっているからこそ、伸吾は隠された怪我が何なのか心配で仕方がなかった
「ったく、お前何をそんなに隠し・・・っ!!」
ようやく掴んだ右手から包帯を解くと
そこには赤く水ぶくれになった人差し指と中指
「・・・なぁ、伸兄。大丈夫やから、これ位」
火傷を見たまま固まった伸吾に、睦月は慌てて弁明した
しかし、伸吾の視線は指先から一向に離れようとはしない
「・・・これ、油の火傷だろ」
低く呟かれた言葉に、睦月の肩がビクリと揺れた
「伸に「何やってんだよっ!!」・・・っ」
只ならぬ雰囲気に、睦月が発した言葉は、睦月の怒鳴り声に掻き消される
「お前、自分がどんだけ体を大事にしなきゃいけないか、分かってんだろ?!」
「だ・・・って」
自分の手首を握る手に、徐々に力が入っているのを感じ
伸吾の喜ぶ顔が見たかったからという言葉を、睦月は飲み込んだ
こんなに怒る伸吾を見るのは、初めてだった
「ごめ「天ぷらなんて、お前が火傷して揚げるなくても、買ってきたやつでも十分だろっ」・・・っ?!」
自分の不注意を謝ろうとした時、耳に聞こえた言葉に睦月は目を見開いた
『買ってきたやつでも十分』
その言葉が、睦月の頭の中でこだまし、指先の火傷も酷く痛み出す
どうして・・・なんで・・・
睦月の中では、そんな言葉ばかりが湧き出ては消え、湧き出ては消えた
「睦月、聞いてるのかっ!!」
「っ・・・うっさいなっ!!!」
再び怒鳴られ、睦月の中で何かが切れる
力ずくで手を振りほどくと、自分の罵声に動きを止めた伸吾を尻目に
傍に置いてあったコートを手に取り、睦月は玄関へと歩き出した
「・・・悪かったな、下手に天ぷらなんて揚げて」
痛む指先を握り締めながら、慌てて追いかけてくる伸吾に
自分でも驚く程、冷たい声がこぼれ落ちる
「睦・・・?」
「ちょっと出かけてくる」
「は?・・・睦?お、おいっ!!」
睦月は靴を履き終えると、戸惑う声に振り返ることなく扉を開けた
「伸兄はコンビニで『美味しい天ぷらそば』でも買って食べてれば」
扉を閉める瞬間に見えた、訳が分からないという顔の伸吾に
自嘲気味な笑顔を浮かべると、睦月は雪の降り始めた暗闇へと歩を進めていった
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