『なぁ、伸吾。1年程、俺の馬鹿息子を預かってくれんけ?』
よく考えると、1年振りに電話を掛けてきた兄貴のこの一言が、
都会に埋もれていく俺の生活を一変させたんだ。
高校を卒業してすぐに地元を離れてもう10年
28歳
まさに働き盛り
そして
『家庭』を持ち始める年齢
友人の中にはすでに家庭を持ち、小学校に通う子供がいる奴もいる。
・・・俺にはきっと子供なんて無理な話だ
『女を愛せない』
いくら世の中に科学があふれようとも
俺には関係がない
物心ついた時から自然に目が行くのは男
好きになるのも
セックスをするのも
全部『男』
一時期は偽装結婚を考えた時もあるけれど
兄貴が家を継ぐと決まってからは
そんな気さえ起きなくなった。
両親とはうしろめたさから、ほとんど顔を見せてはいないし
誰になんと言われようと
このまま、ホテルマンとして一生独身を貫くつもりでいる
そんな俺の生活にあいつが現れたんだ。
「伸吾、最後に1回だけヤらない?」
「断る。離れろよ、昼過ぎに甥が来るんだ」
付き合い始めて4ヶ月位だろうか
たまたま行き着けのバーで俺と頼は出会った。
頼は男専門の俺と違ってバイだったけれど
話の合う俺達はあっという間に『恋人』と呼ばれる間柄になった
真っ黒な髪
切れ長の一重の奥の黒い瞳
すらっとしたモデル体系に長い手足
男の俺から見ても格好良い頼
そして
セックスも上手かった
だけど、俺達の関係も今日で終わり。
頼は5ヶ月後、会社で決められた令嬢と結婚する
『出世のためには仕方なかった』
はっきりと俺に告げる頼に
現実をまざまざと突きつけられた。
『家庭を持たない男は信用されない』
俺達のような性癖を持つ人間を拒絶するような世間の壁。
友人の中にはレズの女と偽装結婚をした奴もいる
頼は女も愛せるから、苦にはならないかもしれないけど
「頼、嫌だって・・・頼」
「怒ってる?結婚の事言わなかったのは悪かったよ。つい一昨日決まったんだ、急に」
一昨日の夜は俺を抱いてただろ、と言いたいのをぐっと押さえた。
「お前、夫になるんだろ。俺なんかにもう、構うな」
それとも俺を捨てるのか、そうヒステリックに叫べば満足か?と問えば
それもいい、と俺の首筋をきつく吸う頼
「俺は伸吾が今でも好きだ。それだけは忘れないでほしい」
一瞬だけ
頼の瞳が悲しげに揺れた。
その瞳に躊躇いが生まれたけれど、俺には言わなければいけない言葉がある
「それでも・・・お前には家庭が出来る。男に構って出世のチャンスを逃すなよ」
ごめん、頼
お前には幸せになってほしいんだ
これは俺から頼への
最後のプレゼント
「さよなら、頼。元気で」
「・・・伸吾」
感触を惜しむように俺の唇に頼の唇が触れて
離れた
ピーンポーン
「「!!!!」」
静まり返るリビングに機械の音が流れた
ピーンポーン
放心していると、待ちきれないかのように再びインターフォンが鳴る
「は、はい。今出る」
頼に視線で『帰れ』と伝え、俺はリビングから玄関に向かった。
『はい。三井ですが『あ、伸兄け?俺、俺。睦月やけど、なぁ親父から』・・・今開けるから待っとれ』
懐かしい方言に思わず、顔がほころんだ。
「睦、お前相変ら・・・!!」
扉を開けると、見上げる程長身の男が立っていた
「伸兄、久しぶり。これからお世話になります」
「む、睦月・・・?」
「?? そうやけど、なしたん?」
ニコニコと人懐こい笑みを浮かべる『睦月』は俺の最後の記憶の彼とは全くの別物
少女のようだった顔は、彫りの深い凛々しい男のものになり
俺の胸らへんだった身長は、176cmの俺を遥かに超えている
「(兄貴の野郎・・・聞いてないぞ、こんなにでかいなんて)」
「伸兄?」
無言のまま固まる俺を、心配そうに『屈みながら』見つめる睦月が
あまりに好みの男に育っていて、ちょっとムカついた
「伸吾、この人が甥っ子さん?」
「あ、頼。そう・・・みたい」
肩を叩かれ、後ろを振り向くとカバンを持った頼がいた
「みたいって・・・何だよ、変な奴だな」
「や、記憶の中とあまりに違うから」
俺の中での睦月は女の子のような容姿のままだったのに・・・
「伸兄の友達さん?初めまして、俺三井 睦月です。いつも叔父がお世話になってます」
「初めまして、俺は村田 頼。伸吾とは・・・仲の良い友人です」
意外にしっかりとした睦月の言葉に、頼が答えた『友人』という俺達の関係を表す言葉
少しだけ
ほんの少しだけ胸が締め付けられた
「三井 睦月・・・って、高校生の天才シューティングガード・・・のか?」
「別に天才じゃないけど、俺のポジションはそれであってます」
少し驚く頼に、相変らずニコニコと答える睦月
懐かしい単語に、俺は思わず首を捻った
「なんだ、睦はまだバスケやってんのか」
そういえば、いつも俺の後をついてきて一緒にバスケやってたなぁ、懐かしい
「まぁ、ここまできたら辞めれんし」
「なんだ、って伸吾。この子、結構有名だぞ?先週も雑誌に載ってたし」
「俺、今は興味ないから」
バスケなんて、とうの昔に離れて以来、試合も見てないし雑誌も読んでいない。
けれど、楽しそうに話す睦月の顔に
あの頃は俺もそんな顔してたのかも、なんてらしくない事を考えてしまった。
「じゃあ、伸吾。俺、帰るわ」
なぜか睦月と意気投合した頼は
1度帰る仕度をしたにも関わらず、
結局そのまま2人でバスケを語り合い、夕食まで食べていった
「あぁ、じゃあエレベーターまで送る。睦月は後片付けやってて」
「分かった」
俺と頼はお互い無言でエレベーターまで歩いた。
靴音だけが、耳に響く
「なぁ、伸吾」
ふと漏らした頼の声を
俺は無視したまま
エレベーターがこちらの階まで上る様子を見つめていた
「伸吾・・・伸」
「その呼び方はやめろ。もう、終わったんだから」
『伸』
俺と2人きりのときだけ
頼は俺の事をそう呼ぶ
低く、少しかすれた頼の声で呼ばれる度に
俺は何度幸せを感じたのだろう
「・・・伸、これで最後、最後だからこっち向いて」
頼が俺の隣でこちらを真剣に見ているのが分かる
それでも俺は
真っ直ぐ前の数字を見つめた
チンッ
音とともにエレベーターの扉が開く
中には誰もいない
「俺は、伸にあえて幸せだった」
温かいものが俺の唇を掠める
頼がエレベーターに乗り込み
さよなら、と声に出さず唇を動かした
俺達はお互いに視線を逸らすことなく向かい合い
動くことはなかった
やがて、扉がゆっくりと閉じた。
俺は閉じた扉を見つめたまま
あいつの唇が触れたそれを指でなぞる
ゆっくり
ゆっくり
減っていく数字を確認して
俺達の関係がこれで全て終わったことを悟った
「!!」
溜息をこぼし、家に戻ろうと振り向いた俺の視線の先
「・・・む・・・つ」
誰もいないと思っていたフロアの奥
俺の部屋へと続く廊下の前に
眼を見開く睦月が立っていた
「し、伸に・・・い、今の・・・」
「睦、残念。もう、頼は帰ったぞ」
誤魔化すように俺は笑顔を作る。
明らかに睦の眼には動揺が見られた
それでも俺は
睦は『何も見なかった』
そう、自分自身に言い聞かせるように笑う
「なんで・・・なんで頼さんとキスしとったん・・・」
それが『現実』だった
最後の記憶に残る睦の声ではない
低い『男』の声が
2人以外に誰もいないフロアに響いた
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